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倉敷の建築設計事務所トリムデザインのブログ
「建築探訪 143」-Siga / 園城寺 光浄院客殿

 

三井寺 園城寺 勧学院 建築探訪 古建築 建築設計 倉敷

滋賀県大津市にある書院造の傑作!!・・「園城寺 光浄院客殿 (1601)」を探訪。(上写真)出入りの扉が並んだ・・東側外観を見る(聳える木立が建物の姿を際立たせています)。左から「落縁につながる片開き妻戸」、「広縁につながる両開き妻戸」、「横桟の連子窓」を挟んで、唐破風の下部にある「室内へとつながる両開き妻戸」・・外部の簀子縁を上がった後、位階勲等に応じて入る扉が、分かれている様です・・

 

三井寺 園城寺 勧学院 建築探訪 古建築 建築設計 倉敷

南面した縁を、東より見る。部屋に面した「広縁」、一段下がった「落縁」、の2段で「広い縁」を構成・・突き当りに見える腰高障子4枚が建て込まれているのは「付書院のある上段の間」。(上写真)迫る様に庭は近く・・眺望や借景のある庭と違って、広々とした開放感がある空間ではないが・・それだけに庭の空気が縁に充満して、縁と庭が一体となった「等質な空間」・・が見事に成立していました。

 

三井寺 園城寺 勧学院 建築探訪 古建築 建築設計 倉敷

庭と建築の合一感を堪能できるスペース。「深い庇」と「広い縁」・・日本的空間の真髄とも言える、空間を成立させる為の必須アイテムの・・見事なお手本。(上写真)広縁は東南隅が広くなっています・・広くなった正方形の縁スペースの・・「端に立つ柱1本」がとても効いています。

 

三井寺 園城寺 勧学院 建築探訪 古建築 建築設計 倉敷

落縁にある「片開き妻戸」を見る。扉の上部、通常は「竹の節欄間」を設けるところに・・あえてこの細長い小壁・・かつて西澤文隆さんが「世にも美しい姿!!」と著書の中で絶賛されていた、光浄院の隠れたチャームポイント。(上写真)この片開き扉1枚を開けているだけで・・空間の印象が、また全然違ったものに感じられるのは、不思議なものです。(先程の写真は扉が閉じています)

 

三井寺 園城寺 勧学院 建築探訪 古建築 建築設計 倉敷

広縁と落縁を見る。木目が綺麗!!・・柔らかく射す光が、床板の質感を際立たせています。「光浄院」は、江戸時代の大工の教科書として有名な「匠明」に、資料がある事でよく知られ・・当時から書院造の典型的な形として、お手本にされていたようだが・・しかし一見普通に見えても、実際は全ての細部の細部に渡るまで意識が行き届いた・・隙のない建築。普通のありふれた型でありながら、全く普通ではなくなって際立った存在感を放ち、モノとして建築が生動している・・名建築。もちろん国宝建築。

 

(園城寺の創建は7世紀・・皇族である与多王が父の菩提を弔うために建立を発願・・境内には天智・天武・持統の三天皇が産湯を使ったという泉が在る事から「三井寺」とも呼ばれ・・皇族との関係も深い歴史ある古刹)

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    | 建築探訪・日本建築 | 19:27 | comments(0) | - | - | - |
    「建築探訪 136」-Nara2/ 慈光院
    慈光院 高林庵 片桐石州 岡山の設計事務所
    「慈光院 高林庵」(奈良県大和郡山市)を探訪・・内外部が一体となった、見事な書院造の空間。小堀遠州の亡きあと、将軍家の茶道指南も務めた、石州流の元祖 片桐石州が・・両親の菩提を弔うために1663年に建てた寺院が慈光院。書院へ増築された二畳台目の茶室が高林庵
    (上写真)さつきの刈込み・・大きい!!

    慈光院 高林庵 片桐石州 岡山の設計事務所
    日本を代表する建築家の一人、篠原一男は・・「数学を志していた自分が、奈良京都で日本建築の美しさに接した事で・・建築家になる決意を決めた」と、初期の著書「住宅建築('64)」に書かれていました・・・その幾つかの建築の中に、この「慈光院」もありました。
    (上写真)13帖敷きの書院主室を見る。正面に南向きの1間の床、その横に1間の出書院、柱は4寸角大面取り、長押は無し・・格式張らない・・さり気ない佇まいの書院。

    慈光院 高林庵 片桐石州 岡山の設計事務所
    訪れた日はとても暑い1日でしたが、とても心地の良い空間でした。この様な外部(自然)と内部(人間)が一体となる日本建築の在り方は・・(強固な石壁で外部から内部を隔絶しようとする、西洋建築の考え方とは大きく異なる)・・日本文化の根幹的思想をよく表わした構成。
    (上写真)大和盆地を借景とした東庭を見る。東から南へと廻る鍵の手型の広縁。軒先と縁先が作り出すフレーミングの効果で・・庭の美しさが更に際立ちます。

    慈光院 高林庵 片桐石州 岡山の設計事務所
    「襖や建具を全て開け放した一室空間が・・広縁へと繋がった空間構成は、日本建築の住空間の美しさの典型のようだ。(by西澤文隆) 」・・
    (上写真)東庭より見る。建築も庭も、とても控え目な作りは、石州流の茶の精神そのまま・・なんでしょうか。

    慈光院 高林庵 片桐石州 岡山の設計事務所
    客をもてなす為の、床の間(上写真のいちばん左)が客座(上写真の右手)ではなく点前座(中柱のすぐ左)にある「亭主床」のつくり。径が50mmほどの中柱は櫟(クヌギ)皮付、天井直前での屈曲が絶妙!!!  壁止めである節3つの横竹がgoodです。天井は杉杢、黒竹の棹縁は床差し。

    西澤文隆さんによると、茶室建築の別格は密庵(伝小堀遠州)、待庵(千利休)、如庵(織田有楽)・・その国宝三席の次に来るのが、西翁院(藤村庸軒)と高林庵(片桐石州)との事・・
    慈光院 茶室 書院   建築 岡山
    慈光院の書院と茶室は、石州の作風に触れる事の出来る唯一の遺構・・一見目に留まる様な目立つ意匠もなく、平凡そのものとも取れる石州の作風ですが・・"作為を一切消した、わざとらしさを表わさない表現" には・・現代デザインの流れと共感できる部分も多いのでは。
    (上写真 右)出書院東南にある手水鉢「角ばらず」・・goodです。
    (上写真 左)客座の2帖部を見る。外壁2面の巾一杯、開放的で伸びやかに・・高さをずらして連続する横長連子窓。
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      | 建築探訪・日本建築 | 09:59 | comments(0) | - | - | - |
      「建築探訪106」- ISE /伊勢神宮
      伊勢神宮 特別参拝

      先週、「皇大神宮(内宮)」と「豊受大神宮(外宮)」へ行って来ました (初めて特別参拝をさせて頂きました) 。豊受大神宮は天照大神の食事を司る神である豊受大御神、皇大神宮は天皇家の祖先となる天照大神を祀っています。内宮外宮と別宮や摂社末社を合わせた125社の総称が・・いわゆる"伊勢神宮(正式には単に神宮)" ・・最も格式の高い国家神とでもいうべき唯一無二の存在・・太古より人々を惹き付けて止まない日本の聖地・・伊勢神宮が現在の地に定められたのは2000年以上も前・・
      (上写真) 外宮を南側より見る。右が造られてから20年経過した古い建物、左が昨年秋に完成したばかりの新しい建物。全く同じ形の建物が新旧並んでいます。今月末には右側の古い建物は全てなくなり・・ また20年後、左側の新しい建物が真っ黒になる頃・・そこにまた全く同じ形の建物を新しく作る・・古くなった方は壊す・・この20年毎の建替えが、いわゆる「式年遷宮」。

      式年遷宮 伊勢 設計事務所
      (上写真) 新旧並んだ外宮の間を北側より見る。最初に式年遷宮が行なわれたのは、持統天皇の4年(690)と言われています。それから1300年以上に渡って(戦乱などで途絶えてしまった時期もあった様ですが)、式年遷宮は脈々と続けられ・・昨年秋には62回目の式年遷宮が行われました。

      伊勢 御稲御倉
      (上写真) 内宮の御稲御倉を近くで見る。伊勢神宮の建物の多くは、茅葺き切妻高床形式。柱は全て円柱、両妻には"棟持ち柱"と呼ばれる象徴的な柱が建てられ、材料は全て匂い立つような白木の桧。弥生時代の穀倉に由来があると思われる・・「神明造」と言われる建築様式です。

      倉敷 設計事務所
      (上写真下) 20年経過した内宮の四丈殿を板垣越しに見る。式年遷宮が行われているのは内宮外宮だけでなく、荒祭宮や多賀宮などをはじめ・・境内にある多くの別宮も同じように20年毎に全く新しく作り直されています。建物だけでなく、神宝や装束・調度品も一流の職人や工芸家により20年毎に造り改められています。積み重ねられた途方も無い時間と今が両立した "永遠の再生" 。

      「何ごとの おはしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる」
      平安時代の歌人 西行が伊勢神宮を訪れた際に詠んだ有名な歌・・は伊勢神宮の魅力をうまく伝えている様に思えます。その場所に来て、橋を渡り、大きな樹々の間を歩き、川で清め、見事すぎる桧の社殿を仰ぎ、その背後の広大な森を感じる・・ 神宮は信仰や理解を超えたような存在で、誰もが心打たれるような有難さがあり・・その深遠な存在感は自然と心身に伝わってくる・・という事なのでしょうか。




       
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        | 建築探訪・日本建築 | 17:45 | comments(0) | - | - | - |
        小堀遠州
        小堀遠州 京都通信社

        「小堀遠州」。京都通信社から出ている "京の庭の巨匠たち" というシリーズ・・遠州の庭が5つ(金地院/南禅寺/二条城/仙洞御所/孤蓬庵)、伝遠州の庭が4つ(桂離宮/曼殊院/頼久寺/龍潭寺) ・・ 計9つの見事な庭を豊富なカラー写真で解説案内。

        大名でありながら、茶人/建築家/作庭家として江戸初期に活躍した小堀遠州は、岡山とも関係が深く・・遠州の父が関ヶ原の戦功により受領した備中(現在の岡山県高梁市)1万2000石を遠州が引き継ぎ・・ 遠州が備中に滞在していた間には、備中松山城を修復・・仮の館としていた頼久寺には書院と庭も作りました。
        明るく、優美で、洗練され、品があり、シャープな・・ 遠州の美意識には、モダニズム建築にもつながる近代的な精神性や、あるいは現在においても共感できる普遍性などが・・ 多くある様に思えます。(上写真)表紙の写真にもなっている「孤蓬庵」はまちがいなく"心のベスト10" 入りしている建築です。

        *「小堀遠州」(京都通信社) の綺麗な写真の多くは、友人であり 机を並べて仕事も共にした北岡君の撮影・・北岡くん、good Job!!
             
         
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          | 建築探訪・日本建築 | 17:24 | comments(0) | - | - | - |
          式年遷宮
          伊勢神宮 初詣
          伊勢神宮の魅力は・・
          「何ごとの おはしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる」という西行が伊勢神宮を訪れた際に詠んだという歌に・・ 集約されている様に思われます。 本殿はもちろん数々の別社、長い参道や五十鈴川、背後の広い森も含めた・・ 敷地一帯のそのすべてのあり様が、人々を惹き付けて止まない伊勢の大きな魅力の源。
          (上写真) 宇治橋を渡り参道を進み、まずは五十鈴川にてお清め。

          伊勢神宮 外宮
          (上写真) 外宮前を見る。一面苔むして緑になった萱(かや)葺き屋根と黒ずんだ檜(ひのき)板塀が、まわりの樹々と一体化していて・・goodです。
          伊勢へ参る時はもちろん・・ 外宮と内宮の両方へ詣でます。もちろん時間に余裕があれば「荒祭宮」「風日祈宮」「多賀宮」「土宮」「風宮」 ・・ などなどの周辺にある別社へも参りたいところです・・

          式年遷宮
          (上写真左) 来年の式年遷宮に向けて・・新しい建物を建てる準備が始まっている内宮を見る。白い覆いがこれから建てる方で、その右手に現在の本殿がある。現在の本殿と全く同じ建物をすぐ横に建てて、古い方は取り壊す・・この「式年遷宮」は世界にも例を見ない特異な建築システム。「常若」という概念・・1300年以上前から、20年毎に建物を建替え続け・・ 来年で62回目・・ 62回×20年=1240年 (途中20年以上もあり)。・・ 凄いの一言につきる、本当にスゴイ。
          本殿だけでなく、他の別社や宇治橋等もすべて建替え。装束神宝(馬具/武器/楽器/文具/日用品等々)も1000点以上が一流の職人により20年に一度一新される・・ その準備は何年も前から始まっています。準備された檜は1万本・・今回の式年遷宮の為の総額予算は550億。

          (上写真右) 伊勢神宮の建物は神明造という建築様式・・ 弥生時代の高床式穀倉がルーツと言われています。すべてが檜の素木造で、屋根は萱葺き・・ 建物を支える全ての丸柱は地中に足下を直接埋める "掘立柱"。配置にやや違いはあるが、本殿のかたちは外宮も内宮もほぼ同じ。
           
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            | 建築探訪・日本建築 | 17:20 | comments(0) | - | - | - |
            屋根
            japanese Roof
            (左上)伊勢神宮外宮/古殿側からみる四重の塀の向こうに茅葺きの屋根
            (右上)桂離宮/中書院-楽器の間-新御殿と雁行する柿(こけら)葺きの屋根
            (左下)元興寺/飛鳥時代のとても古い瓦も使用されている屋根
            (右下)大宮御所 御常御殿/大きく、反りが美しい寝殿造りの屋根

            "屋根という建築的要素"は近代建築が始まるまで、古代寺院建築(or先史竪穴住居)から非常に長い期間・・1000年以上という単位で大きくは変化のなかった普遍的と言ってもいい要素のひとつでした・・
            近代建築技術の進歩によって初めて"屋根がない"建築が現れ・・それは長い建築史から見ればここ最近20世紀以降の事・・・近代以降、大きな/公共的な建物は鉄筋コンクリート造/鉄骨造でつくられ"屋根がない"ことが当たり前なのですが、昔は逆に建物が大きな/公共的な建物であればある程"屋根が大きい"という事が重要でした・・・
            雨が多く湿度の高い日本のような地域では"屋根が大きく&軒が深く"ある事は快適な居住環境を得るためには合理的/機能的な選択です・・・しかしそれだけが理由ならば、「そんなにも大きくなくてもいいだろう」と言うくらい日本建築の屋根は大きく・・・合理/機能だけではなく、そこには象徴的存在としての"大きな屋根"への言葉には成し難い様な「憧憬」のようなものがDNAに刻まれているのではないでしょうか・・・
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              | 建築探訪・日本建築 | 20:05 | comments(0) | - | - | - |
              「建築探訪 26」 -Shimane4 /出雲大社
              出雲大社特別拝観 岡山の設計事務所
              天照大神が大国主大神の御功績を称え、諸神に御造営を命じられたという・・毎年秋の"神在祭"には全国の八百万の神々が集う・・出雲大社が「平成の遷宮」にあたり、普段一般の人は全く立ち入ることの出来ない御本殿を特別に拝観させて頂けるとのこと・・現在の御本殿は1744年の造営以後-1809-1881-1953と3度の遷宮を行い、今回で4度目の遷宮となります(遷宮とは神社本殿の造営/修理に際し神体を移すこと)・・・出雲の遷宮記録を見ると 65年後(1回目)-72年後(2回目)-72年後(3回目)-55年後(4回目)となっており・・その機会を逃すと次は見られそうにないので・・最終日に参拝へ行ってまいりました・・御神体はすでに仮殿(拝殿)に遷され、本殿に還られるのは修理の終わる5年後だそうです
              (上写真)2重の塀に囲われた本殿は普段は遠くから見るだけしか出来ません・・しかし今日は本殿の縁には特別拝観に訪れた人達で賑わっています・・

              出雲
              本殿の縁は地面から4.5mほどの高さ、縁から屋根の棟まで16mほどの高さ、総高さは24m・・・やはり大きいです、近くで見るとその大きさを再確認できました・・想像してみて下さい 7階or8階建てのマンションくらいの大きさですから・・さすが「天下無双の大廈(たいか)」と称えられる大きさは 神社建築としては比類なき壮大さ・・
              拝観順路は妻側の階段から上がり、高欄のついた幅広い縁をぐるりと一周して、南面する妻側正面に戻り、開口部(蔀戸and開き扉)から殿内を拝観させて頂きました
              (下写真)殿内の天井板に描かれている鮮やかな"八雲之図"・・殿内は撮影禁止ですのでイラストですが

              八雲
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                | 建築探訪・日本建築 | 12:30 | comments(0) | - | - | - |
                「建築探訪 14」 -Shimane2 /神魂神社
                岡山の設計事務所 トリムデザイン
                出雲市の「出雲大社」(左) と、松江市の「神魂神社」(右) へ行って来ました・・
                「住吉造」の住吉大社(大阪、1810)、「神明造」の伊勢神宮(三重、1993)と並び称される、最古の神社形式である「大社造」の出雲大社(島根、1744)・・

                いずも
                (上写真)「出雲大社」が大きい事は知っていたが、初めて見る出雲大社-本殿は思っていたより大きかった・・唖然とするくらいに大きかった・・「さすが日本最大の神社建築」・・異様な姿には迫力が満ちていた・・本殿は塀で囲まれて近くに寄れないのだが、もし側で見たならばもっと大きいのだろう、総高24mはマンションなら8〜9階並みの大きさだが・・
                平安時代においては東大寺大仏殿よりも大きく総高50m近くあったそうだから今の本殿の倍だ・・縁の下の脚だけが伸びた状態だった様だが10階建てのマンションの頭を軽々越える高さだ・・信じられない光景を平安時代までの人達は目にしていた・・平安時代末までは何度も"転倒" した記録が諸書にあり、その度に再建されたそうだ・・

                かもす
                (上写真) 松江市南東の大庭町という森の中に楚々として建つ「神魂神社」「大社造」としては最古のもので1583年の建築、現在の出雲大社本殿よりも160年も古い。伊勢神宮に仁科神明宮があるように、出雲大社に神魂神社が祖型としてある。出雲大社は神魂の縦/横/高さをほぼ2倍して造られた・・高さ/長さは伸びるが材の太さは比例して大きくならない分、大社の方が間伸びして見える・・神魂の方がプロポーションが洗練されて締まっていて良い・・さすが出雲大社のオリジンだけはある。
                西沢文隆さんの著によると、もとの神魂神社は今の様な"素木"ではなく"丹塗"であったに違いないそうだ、本殿内部には 朱塗りの天井を背景に五色の九重雲 が色鮮やかに描かれた空間が今もあるそうだ・・

                貴布弥
                (上写真) 神魂神社本殿の横に並んで建つ小さな末社 「貴布弥稲荷神社」(室町時代) は、伸びやかな屋根と縁の浮き具合が美しい・・「二間社流造」は類例が少ない珍しい神社建築形式。

                 
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                  | 建築探訪・日本建築 | 11:15 | comments(0) | - | - | - |
                  「建築探訪 08」-Nara/室生寺
                  室生時 奈良

                  大阪市内から近鉄電車に揺られ1時間、バスに乗って数十分・・奈良山中に佇む、8世紀末に興福寺の末寺として創建された「室生寺」。(上写真右) "懸造" ・・脚が伸びている部分の姿が印象的・・ 中世のリフォ−ム。
                  小学生の頃、遠足でここを訪れた時の印象は大人になっても忘れる事はなかった・・強く印象に残ったその理由が何だったのかと考えてみると・・それは建物そのものではなく、建物同士の配置に理由があったのではないかと・・
                  古都奈良を代表する法隆寺・薬師寺・唐招提寺・・等の多くの寺院が平坦な場所を塀できっちり四角に囲い、その中に塔・金堂・講堂を配置(これを「伽藍」と言います。)する方法が非常に大陸的/中国的な影響が強い事に比べ、室生寺の伽藍は山の高低差をそのまま利用し、地形に溶け込む様に配置されています。6世紀に「輸入」された仏教寺院建築が日本の風土/感性に適応したものへと変わり始めたと言っていいのでしょうか・・

                  室生寺 古都奈良

                  木漏れ日が時より差し込む 深い樹々の中、何段もの階段を頂上である 「奥の院」 まで 歩を進める毎に、自然/地形に隠れていた金堂や講堂や塔が少しづつ "現れては消えていく" その行程・・ "奥へ奥へと 続いて行く" その空間意識 ・・ その様な感覚が、忘れ難いものとして子供心にも響きました・・
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                    | 建築探訪・日本建築 | 12:17 | comments(0) | - | - | - |
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